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おススメ記事:墓地群を発掘 埋葬の変遷解き明かす

日本において、埋葬方法の変遷は意外と分かっていません。火葬された最古の記録は、飛鳥時代(西暦約700年)に仏教の法相宗僧侶、道昭とされています。皇族や有力者などはその埋葬方法も記録に残りやすいですが、一介の武士や町民、農民に関してはまだ研究の余地があるそうです。

<引用ここから>
150基の墓地群出土 猪名川、埋葬の変遷示す
兵庫県教育委員会は24日、猪名川町の遺跡「観音寺跡」から計150基の墓地群が出土した、と発表した。鎌倉時代末期から江戸時代にかけて築かれたとみられる。
墓地の遺跡としては県内最大規模で、火葬や土葬などの埋葬方法が変遷した様子が分かるという。

新名神高速道路の建設予定地で、県教委が今年8月から約5千平方メートルを発掘調査した。


14~16世紀のものとみられる火葬墓地は65基出土した。穴は楕円形で最大で長さ1・5メートル、深さ45センチ。積んだ石の上で遺体を焼き、土器に納められるなどして埋葬されていた。

当時は輪廻転生を願う土葬が一般的だったといい、県まちづくり技術センターの渡辺昇副課長(58)は「大変珍しい。高い場所で焼き、煙を天へ伸ばすことで成仏を願った可能性がある」とみる。

また、江戸時代以降の土葬を主体とする墓85基も見つかった。丸形の桶や四角の棺で、ひざを抱えて座った姿勢で入れられたとみられる。現代と近い形の棺桶の跡もあった。
<引用ここまで>
神戸新聞NEXTより 2013年10月24日

興味深いのが、一箇所の墓地で何百年も亘り埋葬を行っていると言うことです。民家や畑を見渡す少し高台の場所を、先祖代々の墓地として大切にされていた風習が想像されます。

今回の発見は、元々は土葬であったのが仏教伝来と共に火葬となり、その後江戸時代に土葬に戻ることを示しています。この地域の歴史や文化を解き明かす大発見であるかもしれません。
また、火葬を高台で行い、天に上る煙に成仏を願った当時の人々の心情を想像すると歴史ロマンを感じます。



カテゴリー:霊園と墓所の最新情報   最終更新日:2013年10月30日

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