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霊園探訪:横須賀市馬門山墓地 旧海軍墓地

横須賀市には市営公園墓地と、今回ご紹介する馬門山墓地の2つあります。馬門山墓地は一般の霊園とは由来が異なり、旧海軍墓地を戦後に横須賀市が引継ぎ、日本に命を奉げた方々を慰霊する霊園です。
関連ページ:霊園探訪:横須賀市営公園墓地

ペリー来航以来、現在に至るまで軍港として発展してきた横須賀市にある、旧海軍墓地の馬門山墓地をレポートします。

整然と並ぶ海軍軍人のお墓(横須賀市・馬門山墓地)

整然と並ぶ海軍軍人のお墓

【霊園の基礎情報】
霊園名  :馬門山墓地(まもんざんぼち)- 旧海軍墓地
所在地  :横須賀市根岸町1-27
<最寄り駅>
・京急北久里浜駅下車、徒歩約7分

ひっそりと佇む横須賀市の海軍墓地

横須賀市内を走る国道134号線沿いに馬門山墓地はあります。京急の北久里浜駅に近くの住宅街が広がる地域で、墓所の入口は目立たず、ひっそりと佇んでいる印象があります。

馬門山墓地の案内板(横須賀市)

馬門山墓地の案内板(横須賀市)

馬門山墓地の入口(横須賀市・旧海軍墓地)

馬門山墓地の入口(横須賀市・旧海軍墓地)




馬門山墓地の整備された通路(横須賀市)

馬門山墓地の整備された通路

平成25年に修復が完了した旧馬門山海軍墓地(横須賀市)

平成25年に修復が完了した旧馬門山海軍墓地




奥都城の形状をした海軍軍人のお墓(横須賀市・馬門山墓地)

奥都城の形状をした海軍軍人のお墓

海軍の水兵さんのお墓(横須賀市・馬門山墓地)

海軍の水兵さんのお墓




馬門山墓地の入口は国道から少し路地を進んだ場所にあり、この案内板がなければ気付かなかったかも知れません。馬門山霊園は、市や旧海軍のご家族や自衛隊出身者で組織された団体(公益財団法人水交会)により、平成25年に修復工事が完了し、墓所内通路の整備や、墓石の修繕が行われました。

馬門山の尾根沿いに造成された墓地で、墓所が上段、中段、下段に分かれています。中段と下段には明治時代から日本海軍で殉職された軍人さんのお墓が立ち並びます。神道に則し、細見で天頂部が四角推の形状した奥都城と呼ばれる墓石で、279柱が祀られています。

戦争で命を落とされた、軍人さんの霊を癒す墓所

馬門山墓地は、海軍省が明治15年1月馬門山海軍埋葬地と定めました。
第二次世界大戦が終わる昭和20年まで、戦死または殉職した軍人のための墓地でした。戦後の昭和24年4月から横須賀市が引継ぎ、市営墓地として一般にも開放されました。毎年五月には地元町内会や旧海軍、海上自衛隊関係者らによって墓前際が行われています。

整備された上段墓所への坂道(横須賀市・馬門山墓地)

整備された上段墓所への坂道

上段の芝生広場に忠霊碑が並ぶ(横須賀市・馬門山墓地)

上段の芝生広場に忠霊碑が並ぶ




軍艦筑波殉難者之碑(横須賀市・馬門山墓地)

軍艦筑波殉難者之碑

軍艦河内殉難者之碑(横須賀市・馬門山墓地)

軍艦河内殉難者之碑




軍艦筑波は、日露戦争(1904年-1905年)を受けて急造され、明治40年(1907年)に就役した帝国海軍の巡洋戦艦です。日本初の大艦とされ、当時各国が競って建造した巡洋戦艦に分類されます。大正6年(1917年)、横須賀港内にて艦内の火薬庫が爆発し、大破沈没しました。殉職者は72人と言われています。

軍艦河内は、大正3年(1914年)に就役した帝国海軍の戦艦です。山口県徳山湾(現周南市の埋立地付近)にて大正7年(1918年)7月12日に火薬庫の爆発で沈没しました。軍艦河内殉難者之碑は、殉職者621人に及ぶ大惨事に弔意を示すため、翌年の大正8年にこの碑が建てられました。

上海事変戦死者之碑(横須賀市・馬門山墓地)

上海事変戦死者之碑

関口特攻兄弟之碑(横須賀市・馬門山墓地)

関口特攻兄弟之碑




上海事変戦死者之碑は、昭和7年(1932年)に発生した日本軍と中国国民党軍との戦闘による、戦死者を弔う碑です。海軍らしく船の舳先の形をした慰霊碑です。柳条湖事件(1931年)に始まる満州事変など日中の対立が深まる中、上海租界で日本人僧侶が襲撃されました。軍事衝突に発展し、日本海軍も艦船と陸戦隊を派遣。海軍兵士59名が戦死しました。全体では日本軍769名、中国国民軍約1万5千人の戦死者を出した戦闘です。

関口特攻兄弟之碑は、大東亜戦争末期に日本本土を守るべく決死の特攻作戦を行った、関口哲男海軍少佐、関口剛史海軍少尉の御霊を弔う碑です。次男の哲男さん(当時24歳)は昭和20年1月21日台湾東方の海で、三男剛史さん(当時19歳)は同年5月7日に沖縄の海にて米国艦船に特攻し戦死を遂げられました。

忠霊塔「支那事変大東亜戦争戦没者」(横須賀市・馬門山墓地)

忠霊塔「支那事変大東亜戦争戦没者」

錨の印がある忠霊塔(横須賀市・馬門山墓地)

錨の印がある忠霊塔




忠霊塔「支那事変大東亜戦争戦没者」は、横須賀鎮守府管下の諸英霊372柱が合祀されている慰霊の塔です。盧溝橋事件(1937年)から始まる支那事変(日中戦争とも)から、真珠湾攻撃(1941年)で開戦した大東亜戦争(太平洋戦争)の敗戦までの犠牲者を祀る忠霊塔。戦後(昭和21年6月)に横須賀地方復員局により建立されました。

馬門山墓地に訪れると、殉職者に日本を守る犠牲に敬意を抱きます。再び戦争が国際社会を包み込み犠牲者を生み出さないよう、現世に生きる我々に問いかけられているように感じました。

馬門山墓地には一般墓所もあります

旧海軍の殉職者のお墓と慰霊碑が中心の馬門山墓地ですが、一般の墓所もあります。高台に位置していることから見晴らしの良い墓所です。

一般墓所(横須賀市・馬門山墓地)

一般墓所(横須賀市・馬門山墓地)

眺めの良い一般墓所(横須賀市・馬門山墓地)

眺めの良い一般墓所




見晴らしの良い馬門山墓地の一般墓所ですが、急勾配の園路や敷地も決して広くないことから、使用者募集はあまり積極的に行っていないようです。

バリアフリーで設備が充実している霊園をお探しの方は、民間霊園も探してみるのをお薦めします。特に横須賀市からも近く、お墓参りに便利な横浜の六浦霊園は如何でしょうか。


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カテゴリー:神奈川県の霊園   最終更新日:2015年6月19日

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